ひねくれ者のくだらない話

特に深い意味はない。

二十歳の盲点

 深夜二時二十分。天井の木目と見つめ合う。夜目が利きだすと共に徐々に脳が覚醒していくこの時間が意外と好きだ。

 

 惣菜屋で注文した唐揚げが出来上がるのを待っていた。空調のよく効いた店内に油が小気味よくカラカラと沸き立つ。他に客がいないこともあってか、揚げ物を売り出す店にしては何だか物足りないような静けさがあった。油と醤油とニンニクの惚けた匂いを冷房の風が滑らかに運び、私の肩をひんやりと撫でる。

 腰を下ろした椅子の向かいには少年ジャンプが無造作に並べられた三段棚の上に、両手で軽く抱えられるほどのこぢんまりとしたテレビが置いてあった。小さいお店の小さいテレビには不思議と威厳がある。そんなことをぼんやり考えながらぽつりと呟いた。

「やっぱり人生頑張らなきゃいけない。」

 最近ずっと考えていることだった。筋トレをサボったり、バイトをサボったり、勉強を辞めたり、眠れなかったり、私を支えるものたちが一つずつ剥げ落ちて何者でもない自分が丸裸にされそうな時、もう全部終わりにしたい、という無責任な考えが脳裏をよぎるどころか、しっかりと掴んでゆさぶってなかなか離さなくなる。

 以前の私ならそのまま終わらせるようせっせと支度を整えたに違いないが、どういう訳か、もちろん良いことではあるが、今の私は極端な選択は避けるようになっていた。

 

 人間いつかは死ぬ。病気かもしれない、事故かもしれない、エンディングは誰にもわからないことだが、どうせ死ぬ。

 そう言い聞かせていたら、なんだか生きていくのはささやかでたいしたことないのかもしれない。

 いつも、生きることを仰々しく構えていた。何か立派なことをしなくちゃいけないとか、周りに甘えたらいけないとか、生きることへ条件を課していた。一体私は何を目指しているのか。死んだあと銅像にでもなるというのだろうか。

 最近は、ただ自分がやりたいことをやって、美味しいものを食べて、例え低所得でも、親と上手くいかなくても、恋人がいなくても、身の丈に合わせてぐうたら生きれば良いんだと考えるようになった。

 今までだってそうじゃないか。善し悪しは別として、自分のやりたいことは貫いてきた。これからもそれで良いのではないだろうか。その証拠に今、生きているんだし。

 

 「まあ、頑張らなくてもいいんじゃない。」

 突拍子もなく投げつけた私の人生宣言に、一緒にいた姉がそう答えた。

 姉の言葉はいつも私のぐらつきそうな心に重石を置くようにすとんと落ちる。

 いつも彼女のメンタルはぶれない。その信念は一貫していてとても潔い。諦観に近いような、何事にも期待しすぎないことが強さの鍵なのかもしれないと思った。

 一方で、私の気持ちはコロコロ変わる。ある時は白、ある時は黒、全く正反対の気持ちに強く強く引っ張られる。本当のところはどこにあるのか自分でも全く検討がつかないが、きっと、白も黒もどっちも私なのだと思う。

 

「あんたは真面目すぎるんだよ。」

 姉は続けて言った。マスクをしていたのでよく窺えなかったが、微笑んでいるような呆れているような諭すような細めた目で、やはり彼女もテレビを光と音だけで見つめていた。姉も姉なりに苦労してきたのかもしれない。

 

 真面目。普通は長所としてアピールする素質だろう。しかし私は自分の真面目さと奔放さのギャップに苦しんでいた。頑張らなければいけないところで気を散らして、きっちりとやり遂げられない。逆に、気を抜いていいところで、遠回りしてあれこれ無駄な考えを張り巡らせ考え込んでしまう。現に、自分のちぐはぐな真面目さについてこれ程頭を悩ませていることだって、無用なことではないのだろうか。そうだ。無用なんだ。考えることを考えるのはやめよう。

 

 

 私は元気にやっていると死にかけていた二十歳の私に言いたい。あれから生きて、死ななくて良かった、と何度も何度も心を弾ませたからである。

 今朝は少し寝坊してしまったが、妹が茹でてくれたシャウエッセンと一昨日作った手作りのパンが美味しくて美味しくて、幸せだった。こんな些細なことでも心から生きてて良かったと思わされる。

 

 けれど、別にいつも調子が良いわけではない。こういう思考は自分へのポジティブハラスメントでもある。そうでもしないとやっていけない。自分可愛い!と思わないと外に出れないし、みんなに好かれている!と思わないと会話すらままならない。目も見れない。

 正直、過食の代わりにリスカしようとか意味不明なこと考えちゃっている自分もいる。

 そんなこんなで毎日ギリで生きている。でも、ボロボロの雑巾でも命さえあればなんとか使い物になることを知った。落ち込むにもそれなりにエネルギーが必要だし、自分を痛めつけるのもそれなりに勇気が必要なのだ。今はその負の気力が湧かないだけ。

 今の元気な状態がいつまで続くかわからないけど、せいぜいできることなんて毎日起きて食べて寝ることを努めるのみだろう。