ひねくれ者のくだらない話

特に深い意味はない。

創作⑵

 肛門の酸っぱいにおい。

 「うっ」と思わず顔をしかめた。男はうつ伏せで寝そべっているので、そのトドのような背中に私の最大級の恨み顔と音の鳴らない舌打ちを見舞った。

 「さっきしっかり洗ったのになあ。」

気持ち悪い。

 

 仕事が終わり次の客の準備をする。浴槽をさっと拭きあげお湯をためる間、新しく出したタオルのビニールを破り枕に1枚、ベッドの上に2枚敷く。魔法瓶に入れてきた温かいお茶を素早く飲み、舌の上に残る男性器の味をハーブティーで流し込む。瞬間、脳内にはハーブ畑が辺り一面に広がり、この美しさに相応しくない汚いものは出来るだけ遠くへ遠くへと追いやりながらベッドに横たわった。

 瞬間、背中はほんのりと生暖かさに包まれるがミニスカートの膝下から感じるその寝心地は最悪で、1000回以上は洗濯してるのではないかというくらいゴワゴワしたこのタオルが嫌いだ。何よりも人間臭いのが大嫌いだ。

 私はそんな最悪な悪臭タオルの上でスノーエンジェルの真似事をする。天使を作れたことは一度も無い。きっと風俗嬢だから。しわくちゃになってしまった寝床を整えて、また寝転んだ。

 

 水を足されまくった薄すぎるボディソープ5プッシュ、どこまでも伸びるローションひと絞り、グリンス3プッシュ、お湯約1秒、百均のプラスチックの桶に入れてクルクルと滑らかな泡を作る。ローションがネトネト手にまとわりつくのが気持ち悪い。

 しゃがんでできた腹の肉を数秒ぼんやりと眺めていた。今この瞬間、世界で1番醜くて不幸な顔を写しているだろうなと思った。

 

 アウトシャワーで死んだ顔の真似をしながらおしっこを絞り出すと時間差で尿道がジク、と痛んできた。

 「やっぱり手マン断ればよかった。」

 性器に残ったローションが鼻につく。それを掻き出す指先が大嫌いだ。すっかり冷えた脚にかかる熱いお湯が私をよりいっそう惨めにさせるように湯気をたてていた。

 

 みんな死ぬ。こいつら全員まとめて死ぬんだ。私も死ぬ。客は嬢を見下し嬢は客を見下し内勤は客と嬢を見下し世間は客も嬢も内勤も見下し、いずれ私はコンドームに吐き捨てられた精液のにおいさえわからなくなってゲロ臭い街で朝から晩までセックスしてタバコの煙にむせて出勤の度に死化粧を重ねていくのだろう。タオルをあと何枚重ねたらミイラになれるのだろう。そんなことばかり考えている。

 

 出会ったばかりの人間の性器を自分の性器にねじ込ませると当然鳥肌が立つ。膣が全力で拒否していても私は振り子になりきってゆらゆらと単調に揺さぶられ、痛みもこめかみの奥へしまいこんで、両手は枕を掴んで秒針でも数えていれば案外心は壊れなかった。経験値が100を超えた辺りで性器の感覚を一時的に無くす技まで得た。

 あとは強く抱き寄せて適当に「ああ」だの「いい」だの発しておけば例え客に不満がられても私はお金が貰える。演技が商売なのだから。

 

 ソープ小屋というのは本当に牢獄のようで窓がないのが基本だ。逆に窓があるとそこから飛び降りてしまうような気もするけど。

 ヘルス小屋の大鬱の集大成感やデリヘルの犯罪監禁感よりは多少清潔感があってマシだが、数ミリのコンドームで真っ裸の身を守ることは、なんて陳腐で下品で最悪なんだろう。

 この最低な牢獄の空気を吸って吐いて最低な空気が体を循環する。気持ち悪い。息が詰まってこのまま死ねばいいのに。

 

 作業のようなセックスでも根が怠け者の私は限界を感じた。勃起どころか萎えさせてばかりでもうなんのモチベーションも残っていなかった。

 

 気がつけば病院通いになっていた。耳鼻科だの産婦人科だの肛門科だの、今まで税金を払ってきて良かったと心底思った。